医療分野のトランスフォーメーション 在宅医療への新しい流れをつくる
(対談者)
順天堂大学大学院医学研究科 教授 堀江重郎様
医療法人社団あかつき会 はとがや病院 理事長 東真樹様
日本共創プラットフォーム 代表取締役社長 冨山和彦
日本共創プラットフォーム 執行役員 / ときわヘルスケアサービス代表取締役 澤陽男
日本共創プラットフォーム(JPiX)では医療・ヘルスケア領域への投融資および経営支援を行い、2023年1月にはときわヘルスサービスを新設し、関東の医療機関や介護施設、中部の歯科医院グループとの連携をスタートしております。在宅医療にも精通している順天堂大学の堀江重郎教授、ときわヘルスケアサービス提携先のはとがや病院の東真樹理事長、JPiXの冨山和彦、澤陽男が、日本の医療制度の課題や展望について対談しました。
医療機関の7割が赤字、経営力の向上が急務
冨山 JPiXは、いわゆるファンドと異なり、長期投資を行って持続的に成長できるように、半恒久的に支援するところが特徴です。交通インフラ領域における「みちのりホールディングス」であったり、製造業であったりの投資を行っておりますが、医療・ヘルスケア領域についても「ときわヘルスケアサービス」を通じて支援しています。
澤 日本の病院は7割が赤字で、経営力を磨く必要があり、病院機能の見直しも必要です。地域医療構想の中で、急性期病院が多すぎるので、回復期や慢性期、介護施設を増やす計画がありますが、2025年の目標値に対して病床機能の転換は進んでいません。
堀江 急性期からのシフトが進まないのは、そちらのほうが儲かるからですが、東理事長は逆に、慢性期や介護施設、在宅医療を含めたエコシステムをつくられているのは非常に慧眼だと思います。
冨山 素朴な質問ですが、なぜ転換が進まないのでしょうか。
堀江 コロナの影響も一因です。補助金ばらまきでゾンビ病院が生き延び、モラルハザードも起こりました。病院のベッドは軽症患者ばかりで満床になる一方で、重症の人のトリアージもできず、自宅死される方も出ました。行政が分断化し、デジタル化も遅れ、大きな構造的な問題があります。
冨山 補助金で急場をしのげても、そもそも経営は厳しいわけですよね。
東 10年前までは儲かっていたので、そのストックで融資を引き出していますが、実態は債務超過に近い病院も多いですね。
冨山 医者の知人から、子どもが医学部に行っても継がずに勤務医になったという話をよく聞くのは、そういう背景があったのですね。
堀江 公的病院の経営も厳しく、国立大学病院は大赤字です。一方 私が所属している順天堂大学は、今は年間収入が約2036億円と私立大学のトップで、経常収支差額は77億円と良好です (2021年)。保険医療を適切に行い、併せて学術活動もしっかりできれば収益は得られるということです。はとがや病院も同じでしょう。
澤 病院の理事長は医師が行うので、経営についての訓練を受ける機会がない点も要因だと思います。東先生のように突然変異で経営ができる方もいらっしゃいますが、その母数は非常に少ないと感じます。
堀江 私は1988年にアメリカで医者として働いたことがありますが、ケネディ元大統領が運び込まれたことで有名なパークランド記念病院に、40代のプロ経営者が新しい理事長に就任したことが当時話題になりました。アメリカでは30年前からプロ経営者を入れて、マネジメントなどの知見を医療現場に応用してきました。
冨山 私が30年前にアメリカのビジネススクールに留学したとき、同級生に医者がかなりいました。アメリカの大学の医学部では、経営的な訓練教育をしないのでしょうか。
堀江 大学院に医療経営コースがあります。日本でも最近、東京医科歯科大学などで教えています。アメリカで経営効率を上げようという動機づけが強いのは、医療側と患者の間に保険会社や仲介者がいて、一大産業になっているからです。たとえば、保険に加入していない人が手術を受けるときに、手術代を交渉するネゴシエーターがいます。
冨山 市場原理が働くわけですね。
堀江 そうです。日本はおかみに全部お任せで、節約する話はあっても、本当の意味での経営マネジメントになりえていません。その点でいうと、韓国の医療は日本の5年先を行きます。IMF(国際通貨基金)危機のときに、ソウルの大病院を5つに集約し、デジタル化しました。各病院は3000~4000床。手術室も50くらいあり、国民のだいたい4割がそこにかかっています。すべてがデジタルで管理され、政府はデータを把握でき、患者もアプリで手続きする。日本とは雲泥の差です。
冨山 そのベッド数を聞くと、日本の病院はすべて中小病院みたいに見えますね。
澤 一般的には大病院は400床以上という区分けです。ちなみに、日本には約8000病院あり、その70%が200床未満。本当に規模感が違いますね。
冨山 逆に言うと、トランスフォーメーション、マネジメント、デジタル化による伸びしろが大きいと考えることにしましょう。
患者の行き先をめぐる不安をなくす機能連携で
澤 はとがや病院の強みは、①外部の急性期病院と連携することによって急性期治療を終えた患者を受け入れて在宅復帰を支援すること、②在宅療養を受けている患者の病状が悪化したときに病院で受け入れること、③病院機能だけでなく、介護施設・在宅診療など、患者の状態に応じて対応できる機能を揃えて、連携していることです。
東 私がはとがや病院に関わるようになったのは7年前です。当時は、院内の部署ごとに既得権や縄張り意識が強かったので、それを全部つなげて、患者さんが行くべきところに行ける姿を目指しました。
冨山 患者中心に考えていくと、病院、介護施設、在宅クリニックなど一連のサービスはつながっているべきですが、そこには壁があったでしょうか。
東 一番苦労したのは、患者さんの流れをマネジメントすることです。患者さんにとって、一番の恐怖は行くべき場所がなくなることです。地域包括ケア病床も60日までで、それを超えると病院側は診療報酬が減るため、患者が冷たく追い出されることも。さらに今は、在宅で独居の方を看取ることも増えています。そこで、患者さんが行き先で心配しなくてもいいように、地域の急性期病院や介護施設と連携し、近所の病院からも信頼してもらえるように関係作りをしてきました。
冨山 順天堂病院でも、そうした流れはあるのでしょうか。
堀江 もちろんエコシステムはありますし、どの地域でもある程度地域連携はあります。ただ、1つの経営基盤があっても個々の施設はサイロ化しやすく、地域包括連携もお願いベースなので、どこか角突き合わせるところが出てくると、ぎくしゃくします。東先生のすごいのは、その中でスムーズな流れをつくっているところです。
冨山 病院や介護施設の経営基盤が一体であったほうがネットワークをつくりやすいのでしょうか。
東 その通りです。小さな経営基盤だと、療養病床で手一杯という病院がほとんどです。はとがや病院は箱が大きかったので、老人ホームを加えたり、在宅の立ち上げを支援しながら、自分たちなりにネットワークをつくれましたが、大資本のほうがやりやすいと思います。
堀江 時には、訪問看護ステーションと在宅診療所が患者を取り合ったりすることも問題です。特に、亡くなる前の濃厚な在宅医療に国が高い点数をつけているので。そこは同一経営基盤のほうがうまくいくと思います。
東 訪問看護ステーションには、独立型や医療法人系がありますが、私は患者さんをご紹介いただくルートのように捉えています。訪問看護が病院に患者さんをつれてきてくれることもあるからです。バッティングする関係だと、すぐに破綻します。グループ内に訪問看護ステーションをつくって内製化するのも1つの方法ですが、そうすると、逆に嫌われて、患者さんが今までの関係を続けられなくなります。
冨山 経済用語でいうCoordination Failure(協働の失敗)ですね。競争関係があって物事がうまくいくのは市場化の成功ですが、複数の機能が補完し合ってサービスをつくる場合、なかなか効率的にいきません。調整の失敗が典型的に起こりやすい領域ですね。
東 民間病院の中には、訪問看護ステーション、介護施設、ヘルパーステーション、ケアマネテーションがあっても、在宅診療はしないなど、地域包括ケアが完成していないところが散見されます。はとがや病院は、在宅療養支援病院としての機能を十分に発揮していると思います。
堀江 在宅療養支援病院(在支病)と在宅療養支援診療所(在支診)がありますが、今後は在支病を拡大していかないと、経営効率の面でうまくいかないと思います。在支診の先生方の努力だけでは限界があって、効率もよくありません。病院があることは大きなメリットですが、よりマネジメント能力が求められます。
澤 病院の方に在宅診療を敬遠する理由を聞いてみると、地方だから人が集められないという思い込みがあるようです。チャレンジしたけれど、病院側と在宅部門の確執が生じたので、病院を優先させて、在宅は閉めたという声もありました。
堀江 それもマネジメント能力の問題ですね。病院の中の医者と、在宅に出ている医者の間でサイロ化していきます。在宅の医者は、これは病院で治療してほしい。病院は、それは在宅でやってくれと。そこにWin-Winになるものがないと、お互いに余計なことを押しつけないでくれ、となりがちです。
東 私も3年間そこで戦ってきました。両方とも自分の病院なのに、なんでけんかしているのかと。ただ3年経つと、自覚が芽生えて、うまく調整できるようになりました。
変わる医師のキャリア--3分の1は在宅診療へ
堀江 今、在宅診療は増えていますが、二極化する傾向もあります。銀行の経営指導で在宅医療を勧められて始める「なんちゃって」在宅や、経験のない若手医師に任せるフランチャイズ在宅が増えていて、そうなると、質がよくない在宅医療も増えてきます。
東 在宅医療の質や信頼を見るKPI(重要業績評価指標)としては、どれだけ自宅で看取ったかが適していると、私は考えています。「なんちゃって」在宅やフランチャイズでは看取れず、病状が悪化すると、すぐに病院に送ってしまう。我々の場合、自宅の看取りは年間200件程度で、はとがや病院での看取りとほぼ同数です。
冨山 看取るためには、患者さんの状態を適切に把握する必要があるわけですね。はとがや病院では、在宅医療の医師を育てる活動もしているのでしょうか。
東 医師も重要ですが、看護師が担う部分も大きいです。例えば、ガンの疼痛管理には医者としての知識が必要ですが、コミュニケーション能力を高めて、心の医療も求められますから。
堀江 アメリカでは、医師と看護師の間にフィジシャン・アシスタント(注)など、多彩な職種がありますが、そういう資格をつくっていくのも1つの方法ですね。
今後はAI(人工知能)が出てきて、知識労働者としての医師はかなりAIに取って代わります。だから、それこそ吉本興業などを巻き込んで、人を笑わせたり、共感を持たせたりするハイタッチの能力を教えることも在宅医療では必要になります。今後おそらく医者の3分1は在宅医療に行くことになるし、そうなるべきだと思います。
澤 民間病院にとって、大学病院と連携して医師を確保することは重要です。今後は在宅医療にももっと人が流れるといいですね。
堀江 人材の観点でいうと、アメリカでは最近、大学病院が衰えてきています。それまでメジャーだった白人男性の医師はみんな逃げ出して、今は外国人、黒人、女性などマイノリティの医師が多くなっています。やめた医師は自分たちでアソシエートや会社をつくっています。しかも、数人でグループをつくるのではなく、何百人という規模で、大きい弁護士事務所と同じです。そうした大組織が病院をいくつか持って、医療機器を整備して、独占していくわけです。
東 それはある意味、私たちが目指している姿かもしれませんね。
冨山 知的専門職はプロフェッショナル・ファーム化するほうが自然なので、違和感はないですね。
堀江 医師のキャリアは今後変化していくと思います。現状、日本の専門医機構が専門医ごとに地域での数の上限を設けてソフトコントロールし、国が認定する形をとっているので、専門分野によっては県内の認定医が年間数人ということもあります。しかし、美容外科クリニックなどでは、認定など関係なく、1年で医師を100人募集しているところもあります。1年目から2000万円稼げるけれど、1年も経つと半分はクビになって転職していく。そういう従来とはまったく違うキャリアパスが増えています。ほかにも、コンサルや製薬会社など企業で働く人も増えてくるでしょう。その際に、自分で医療に携わる現場を持っていたい人には、在宅医療で補完できると思います。
澤 大学で在宅医療の教育が少ないのであれば、我々がそういう教育の受け皿になって、大学と連携できればいいですね。
堀江 それはすばらしいですね。アカデミー形式で学べるものをつくれば、医師は勉強が好きなので興味を持つはずです。それから、一般の人は、在宅医療はローテクで、大病院はハイテクだと捉えていますが、実はそうではありません。欧米では、デジタル・セラビューティクスを活用した予防医療なども研究されています。たとえば、免疫力を高めるために、在宅患者の腸内環境を見るなど、いろいろなツールを活用してウェルビーイング領域などでバリューを高めていけば、人が集まってくると思います。新しい医療革命は保険医療制度の外から出て来るはずです。
冨山 在宅を起点に新しい医療が発展すれば面白いですね。持続可能な医療・介護サービスを構築するためには、在宅医療が中心的な役割を果たしていくことになっていくでしょう。
澤 JPiX、ときわヘルスケアサービスでは、はとがや病院の取り組みをロールモデルとして、日本全国の病院のトランスフォーメーションや在宅医療を中心とした持続可能な地域医療の構築に寄与して参ります。堀江先生のご専門であるメンズヘルスについても勉強させていただきたいと思います。本日はありがとうございました。
堀江 メンズヘルスは企業の健康経営にとって大きな問題です。男性は適切に評価されないと、男性ホルモンであるテストステロンが減って、女性の更年期と似た症状に悩まされます。どの企業でも3割は該当者がいるので、見過ごせない課題です。本日はありがとうございました。
注)医師の監督の下に簡単な診断や薬の処方、手術の補助など、医師が行う医療行為の一部をカバーする医療資格者
プロフィール
順天堂大学大学院医学系研究科泌尿器科学主任教授、遺伝子疾患先端情報学教授(兼担)、デジタルセラピューティクス学教授(兼担)
日米で医師免許を取得。男性ホルモンの低下に起因する様々な疾患の診断と治療を行う日本初の男性外来「メンズヘルス外来」を立ち上げるなど、日本の泌尿器科医療をリードする第一人者。これまで泌尿器科学に加えて、在宅医療、ロボット支援手術、医療DXなど様々な領域に精通。