スタートアップWHITE CROSSとタッグを組み 歯科医療IX(産業変革)で質の高いサービスの拡大へ
(対談者)
WHITE CROSS株式会社 代表取締役CEO/歯科医師 赤司征大様
株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)執行役員/株式会社ときわヘルスケアサービス 代表取締役 澤陽男
JPiX子会社のときわヘルスケアサービスは2025年3月に歯科業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するスタートアップWHITE CROSS(ホワイトクロス)に出資しました。WHITE CROSS 創業者の赤司征大さんとJPiXの澤陽男が歯科業界の課題や今後の展開について話し合いました。
長期目線で変革し、質を担保する仕組みを探求
澤 我々は歯医者さんの経営を支援させていただいていますが、実は私はもともと歯医者さん嫌いです。虫歯を削られて痛いのが嫌だということもあるのですが、かつて歯医者の勘違いで永久歯を抜かれて1本欠損したのではないかという疑念があります。また、売上目的で不要な治療をされていると感じていることも。そういう原体験に基づく不信感があるのです。それでは残念ですから、質の高い歯科医療を広げることに関心を持っています。赤司さんも歯科業界の課題を解決しようという強い思いをお持ちですね。
赤司 私は尊敬している人から言われた「live for the better」という言葉を大切にしてきました。「何のために生きているのか」と問われたら、自分は社会を良くすることに貢献しようと。澤さんもご自身の体験から「live for the better」という感覚を持たれていますね。初めてお会いしたときから、波長が合うなと感じていました。
我々ベンチャーは短期的に株主の期待に応えるために最善の努力を積み重ねる必要があります。しかし同時に、長期的に考えないと医療分野では良い結果は望めません。JPiXが長期的な目線を持っているところも安心感がありました。
澤 我々の投資スタンスは長期的にかつ持続的な成長を重視します。短期投資では、コストカットをして、将来の成長の芽を摘む要求をせざるを得ないこともありますが、長期投資では「今はコストアップでも、やっておきましょう」と言える。そこに共感いただけたのでしょう。
赤司 澤さんから見て、歯科業界にはどのような課題がありますか。
澤 日本には7万件近い歯科クリニックが存在しますが、小規模経営であるが故に治療の質や診療の生産性や質が高まらないところもあります。たとえば、事務作業や人事管理が煩雑で、治療に集中できない。デジタル化に対応しようにも、デジタル人材を新たに雇えない。今の時代はマーケティングも必要です。そこはグループ化し、機能を共有したり、ベストプラクティスを横展開することで解決できたらいいと思います。
赤司 以前は院長先生とスタッフ数人という小さな歯科医が多数派でしたが、ここ15年で数多くのグループ法人が出てきました。テクノロジーの影響も大きく、クラウドを使った情報共有など、法人全体を運営する仕組みを見ても隠世の感があります。お互いの治療についてフィードバックして質を担保する流れも個別に出来つつあるので、JPiXのようなファンドが長期的な視点に立って、歯科の世界でグループをつくり品質を向上させていくことにはすごく価値があると思います。
澤 歯科クリニックの事業モデルも発展させる必要があります。先行するアメリカでは、歯科クリニックの10%以上が人事やマーケティングなど臨床以外のサービスを提供するDSO(Dental Service Organization)を活用しています。歯科医療の質を支える仕組みとしては、アウトカムやプロセスをクオリティ・インディケーターで評価する病院の取り組みが参考になりそうです。その歯科版を支援できないかと考えているところです。
赤司 それにはすごく興味があります。医科と歯科で決定的に違うのは、保険診療と自費診療の考え方で、それは医療の質の捉え方にも関わってきます。医科では、保険診療はエビデンス(科学的根拠)がある、自費診療はエビデンスがないから保険に入っていないという考え方が一般的であり、基本的に保険診療でほぼ賄えます。歯科の場合、保険診療ですべてできると考える先生もいれば、保険診療には限界があると考える先生もいます。さらに、歯科治療は手作業で微調整する部分が多く、正確なデータも測定しづらいので、医師によって診断も違ってきます。そういう医科と歯科のエコシステムの違いを正確に捉えて、そのアウトカムも含めて測定できる仕組みができると素晴らしいと思います。
情報の砂漠地帯をなくし、三方良しの実現へ
澤 赤司さんは歯科業界に対してどのような問題意識を持って起業されたのですか。
赤司 2015年に起業した時点では、多くの歯科医師が日常的に最新情報に触れることのできない状況でした。歯科専門の新聞や雑誌を購読していなければ、業界団体などから提供される情報しかない。そういう「情報の砂漠地帯」をなくすために、ウェブメディアで情報提供を始めました。
我々歯科医師は常に学び続けなくてはいけないのですが、卒後研修の多くが5大都市圏で行われているというデータがありました。それに加えて年に1、2回の歯科医師会主催の研修会に有名な先生を呼んで、講演を聞くことが学びの中心だった時代・地域もありました。我々は日本中どこにいても、診療終了後など好きな時間に、学びたいことを学べる環境を作ろうということで、日本で初めて歯科医療セミナーをライブ配信しました。
澤 情報アクセスの向上に挑んだのですね。ほかに喫緊の課題だと感じていることはありますか。
赤司 歯科技工所は現在、2万1000軒ありますが、高齢化で技工士不足になっています。特に、保険適用の入れ歯をつくる技工士は激減しています。この先、近隣に技工所がなくて歯科クリニックを開きづらい状態が増えれば、地方で医療を維持できなくなります。そこで我々が次に開発したのが、デジタル技工指示書のサービス「技工くん」です。最近では口腔内スキャナーを使って型取りはデジタル化されつつあるのですが、受発注はまだアナログで、紙の技工指示書が飛び交っています。そこをデジタル化すれば作業効率が上がり、技工所不足の問題も解決できます。
澤 技工所の多くは小規模で、労働環境が悪いからと技工士を辞めてしまう人も非常に多いですよね。これでは日本の歯科医療が崩壊してしまいます。歯科技工所のレイヤーでもグループ化を図って、働きやすい環境を整備できるといいですし、我々としても今後の成長の方向性の1つになりそうです。
デジタル化のところはWHITE CROSSのサービスがもっと普及すれば、歯科クリニックと歯科技工所のどちらも生産性が高まり、業界全体で無駄がなくなっていくので、ぜひ応援したいと思っています。
赤司 ありがとうございます。社会問題に向き合おうとすると、R&Dの期間が長くなりますが、結果として大きな花を開かせていくだろうと信じて取り組んでいます。「技工くん」も単なる受発注の効率化ツールではなく、業界全体ひいては日本の地域医療を守っていくインフラとして育てたいと思っています。デジタルソリューション市場が加速するタイミングや、デジタル技工指示書が保険に取り込まれるタイミングなど、いろいろなものがうまく噛み合って事業として成長していければ、歯科医療業界を盛り立て、社会を良くして、株主にも還元できる「三方良し」になるはずです。
歯科と医科の連携で新しい価値を創出
澤 我々は病院や介護施設の支援もさせていただいていますが、歯科クリニックとの連携は今後深めていきたい領域の1つです。
赤司 要介護高齢者の64.3%が歯科治療を必要としていますが、そのうち実際に治療を受けられた方は2.4%にすぎないというデータもあります。これから高齢者がさらに増える中で、在宅歯科治療のニーズは拡大する時代に入っていますね。
澤 我々の支援先の介護施設では、外部の歯科クリニックに訪問診療をしてもらっています。世の中一般では、看護師さんが口腔ケアを主に担当されますが、そこにはプロの歯科衛生士との違いもあるのではないかと感じています。口腔衛生は全身の健康に影響するので、そこの連携が重要になってきます。
赤司 2015年頃から世界中で口腔の健康と全身の健康の関わりについて研究が進み、病棟における口腔ケアが当たり前になりました。ただし、法律上の医科と歯科の境がありますし、医科の病院は7割が赤字ですから、すべての病院が歯科衛生士を雇えるわけではありません。そこは経営のプロが入ってグループ化することで、医療に付加価値をつけられる部分だと思います。いくつか病院を見る中で、看護師が口腔ケアの主体となりつつ、衛生士が常に近くにいて、必要なときに相談できる環境をつくっている病院が優れていると思いました。
澤 そういうサポート体制があれば、現場で働く人たちも成長できますね。最後にWHITE CROSSの今後の事業展開についてお聞かせください。
赤司 短期的には「技工くん」の導入先を増やし、“医科における電子処方箋、歯科におけるデジタル技工指示書”として、保険収載してもらえる環境を整備していきたいと思っています。また、これまで培ってきたメディアとしての力を活かして、近隣に技工所がなくなった歯科医院が新たな発注先を探すときには、日本最大の歯科メディアWHITE CROSSを便利に使っていただけるようにする。我々だけでなく関連する会社の歯科関連サービスも組み合わせて、価値を生み出せれば素晴らしいと思います。
中長期的には、「メディアやITの枠を超えて社会医療の社会的価値を高める」という我々の理念に沿って、10年先、20年先の医科歯科連携や多業種連携のあり方を関係者の方々と議論しながら、社会的価値をつくり上げていきたいと思っています。
ときわヘルスケアの事業にもうまく関わらせていただければ嬉しいです。
澤 赤司さんは業界に関する深い見識とネットワークを持っていらっしゃるので、ぜひお力を借りたいと思います。我々が今後取り組みたいのは、歯科クリニックでの専門性を高めたり、まだ取り組めていない事業領域を広げていくことです。もう1つはエリアの軸で、日本各地で質の高い歯科医療サービスを受けられるようにしていきたい。1つのブランドの中で、そこに行けば安心して歯科治療を受けられ、私の個人的な負の体験を解消できるようなグループを応援したいと思っています。
赤司 5年後、10年後の歯科医療の価値づくりに向けて、ビジネスの世界で生きる歯科医師と医療に目を向けたビジネスマンがタッグを組み、「live for the better」でより良い社会のために自分たちの人生を燃やすことができれば、良い生き方になると思います。今後ともよろしくお願いします。
プロフィール
WHITE CROSS株式会社代表取締役 CEO 歯科医師/共同創業者、東北大学特任教授
2008年、東北大学歯学部/2015年、UCLA Anderson School of Management卒。歯科医療法人にて診療に従事しながら、中小企業診断士として業務改善に携わった後、UCLAにてMBAを修学。2015年、WHITE CROSS株式会社を共同創業。歯科医療産業の慢性的課題に取り組む事業を展開する。
